2016-01-13

ねっくんとの最期の日

今になって、この事を書くべきなのかもわかりませんが、
アルマファミリーサポート基金を始めとして、たくさんの方々に支えていただいてきたねっくんですから、
きちんとご報告させていただければと思い、記したいと思います。
つらつらと、文章を書き連ねると思いますが、お許しを



あの日、2015年12月18日。



前日17日には通院をさせていただいていて、
貧血の数値が思うように上がってこない状況だったものの、
全身状態としては、そこまで悪いものではなく、
次の予約とその次の予約までして帰ってきました。
しっかりと1週間分のお薬もいただいて。

発作が起き、脳に転移しているとの診断が下り、
幸いにも、発作止めのお薬が効いて大きな発作はなかったものの、
小さな部分発作はずっとありました。
一日一日、状態も変わっている様子でした。
でも、その日の明け方までは、それまで通りのねっくん。

が、朝を迎えたあたり、ねっくんの様子が明らかに変わりました。
明け方までの状態からの急な変化。
脳で何かが起こったことは明白でした。

もう、打つ手がないことはわかっていました。
最期の時がもうすぐそばにきていることも…。
それでも、通院すべきなのかどうか。
この状況で移動することの負担は、かなりある。
すごくすごく悩みました。
幸いにも苦しそうな様子はなく。

私はいつもねっくんの対応をしてくださっているスタッフさんに連絡をしました。
状況の説明と、
次の予約が2日後であること、
現状と負担を考えると、それまではおうちでと思っていること、
そして、そこまで頑張れるかわからないこと、
そんなことをお伝えし、それでもいいでしょうか?と。
通院した方がよければ、行けます、と添えて。

いただいたお返事は、
おうちが一番だと思います。そうしてあげてください。
という、とても暖かいものでした。

そこから、現状できる最大限のことはして、
私は仕事をしながら、ねっくんの様子をしっかり見守り。
15時にはお仕事も終わり、そこからはずっと側にいました。

15時半を過ぎたあたりから、
段々とその時が本当に近づいていることを感じました。

しばらく抱っこをしていましたが、
なんとなく、ねっくんの見送り方はこれじゃない、そんな気がして…。
言葉で説明することは難しいのですが…。
ねんねの体勢に戻して、手を握り、ずっと撫でていました。
たくさんのありがとうを伝えながら。

そして、浅くなっていた呼吸は止まり、
ねっくんの時間は止まりました。

2015年12月18日16:00



私のスマホに残る、生前最後のねっくんです。
18日の11時頃かな?
可愛いでしょ?





ねっくんはね、とってもえらい子なんです。

たくさんの検査、投薬も頑張ってくれました。
輸血も頑張ってくれました。
食べてーって私がうるさいから、前々日まで、しっかりとお肉を食べてくれました。
そして、最期の最期まで、きちんと自己主張をして、
きっちり意思表示をして、プライドを捨てませんでした。
今思えば、だから、見送り方は抱っこじゃないと思ったのかもしれません。

11月には卒オフにも参加でき、ファミリーの兄姉様方、ご家族の皆さんにご挨拶して、
12月12日には、里親会にお邪魔して、スタッフさん方にご挨拶して、
ちゃんと、前日には、大好きながきんちょとあーささんと会って、
ずっと応援してくれていたJillさんにも会って、
らりっちょ母との時間も過ごして、
みなさんにちゃんとありがとうを伝えて。

そして、ちゃんと、私に心の準備をする時間を与えてくれて、
最期のその時を見届けさせてくれました。
最初に腫瘍がわかってから宣告を受けていた時間よりもずっと長く、
一緒に時を過ごしてくれました。


色んなことを考えると、ねっくんが決めたような最期の日でした。
それがたまたま、とみさんの日と同じ日だったのか、
はたまた、とみさんがねっくんに力を貸してくれたからなのか、
それは私にはわからないですが、
勝手に、きっととみさんの所為だろうと思うことにしています

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